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崖っぷち人間「じぃと」による、漫画とかイラストとか日記とか色々ブログ。

【ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:破】

※ネタバレあり!ご注意!
















 ………あと長いです。



















 「破」!


 その言葉に偽りは無し!待ちに待った約1年10ヶ月。これが僕たちエヴァファンに対する答えだった!

 「REMAKE」ではなく、「REBUILD」。そのかつて無い手法により、新たに命を吹き込まれたエヴァの世界を表現することに成功した、前作「序」。今作「破」はその衝撃をさらに凌駕する興奮を届けてくれたように思う。個人的には今回の予告映像が公開された時点で、かなりのものが仕上がる予感をうっすらと感じてはいたが、想像の遥か斜め上を行く「破」っぷりに、ただただ驚き。



 ある意味でエンターテインメントとは対極の表現に辿りついていた「旧世紀版(EOE)」を思い出してみれば、今作がいかにエンターテインメントに徹しているかが強く理解でき、庵野監督の所信表明での言葉が今になって強く思い出される。更に監督の言葉を借りるなら、「エヴァ」以降の十数年間、「エヴァ」より新しい作品が無かったように、今後数十年間も「エヴァ」を超えるものは現れない。そう思わせてくれる程の突き抜けた完成度だった。


 全体の展開はとにかくスピーディー&パワフルの一言。冒頭5分の間で早くもそのテンションの高さやソリッド感を惜しげもなく披露。休まる暇もなく、ワクワク・ドキドキ・ハラハラ・ベタベタ・オラオラ・ぽかぽかな演出の総攻撃で見る者を飽きさせない。旧世紀版をよく知っていればニヤリとできるシーンも各所に散りばめられており、どの演出も「ヒネリ」が利いていて、技アリを感じさせる。

 中でも、圧倒的な物量と超絶的な技巧で描かれた、純粋な「アニメーション」としてのクオリティの高さには興奮を通り越して、驚愕ですらある。前回、あれだけ高い評価を得た、「序」のハードルを更に越えんばかりの、怒涛の作り込み。まず、この一点のみに絞っても、今作がとんでもない完成度である事に否定する余地はない。

 丹念に、その細かい仕草まで描かれたキャラクター。そのスケール感・躍動感がスクリーンを通して伝わってくる、エヴァのアクション。我々の想像を遥かに超えるデザインと奇妙な存在感、そして圧倒的な強さを得た使徒。細部に至るまで作りこまれた、第3新東京市が生み出す表情はまさに生命が与えられたかのような錯覚さえ覚え、CGに至ってはもはやセルとの区別が分からないレベルになっている。ここにきて、改めて技術の高さと妥協の無さを思い知らされた。


 「エヴァンゲリオン」という作品を、それはもう、ざっくばらんに言ってしまうと、便宜上はいわゆる「巨大ロボット」ものである。しかし、世に氾濫するロボットものの中で本当の意味で「巨大ロボット」を表現しきっているものが、どれほどあることだろうか。俺はこの「ヱヴァ」こそがそれを体現する数少ない作品の一つのように思う。

 ビルの陰から自身との大きさを対比させるように、その姿を現すEVA。大きな歩みが一歩踏み出す毎に、ビルの窓ガラスは割れ、車はひっくり返る。言わずと知れた、特撮から強い影響を受けた庵野監督お得意の手法ではあるが、やはり「巨大感」を表現するのには、この上ない手法である。

 もちろん冷静に考えると、無茶を感じる部分も少なくないのだが、それはそもそも「巨大ロボット」を否定してしまう事になるし、なによりも大事なのは観客に「リアリティ」を感じさせるか、否か。その一点だけなのである。これはTV版から馴染みのある手法ではあるが、今作でその表現は完成の域に達したと言っていいと思う。このことだけを切り取ってみても、他を圧倒する凄まじいクオリティであり、1000円そこらの金額を何回支払ってでも見る価値は十二分にあるはず。


 新キャラのマリの登場に関しては、既存のエヴァキャラの誰とも被らないキャラクターで存在感を示す一方、逆に浮いてしまってるといったことも無く、すんなりとエヴァ世界に溶け込んでいたと思う。ただ、思った程情報や出番が少なく、これといった目的もわからないので、次作でどのような活躍を見せてくれるのかが非常に楽しみ。しかし、その少ない出番に関わらず、なかなか渋いセリフを吐くんだこれが。坂本真綾さんの演技も素晴らしく、この作品に対する情熱が強く伝わってきた。

 演技と言えば、従来の登場人物の声優さん達も気合十分。さすがに10年以上も経つと、声質も変化してくるとは当然だと思うのだが、そこはそれ、さすがに皆さん歴戦の兵。ベテランならではの卓越した演技を披露。ただ、冬月役の清川元夢さんに関しては御高齢の為か、多少の不安を感じたのが気がかりではある。

 音楽もおなじみ鷺巣節が炸裂。血中アドレナリン濃度をどこまでも上昇させてくれる。ただ、劇中の挿入歌……いわゆる“唱歌”というやつだが、ネット上の感想でも、否定的な意見は少なくなかったように思う。エヴァならではの演出とはいえ、同劇中内で二度、似たような演出を繰り返したのは少しくどいような気が。特に一度目に関しては、その内容の過酷さも相まって、多少あざとさが出てしまったのでは。更に言ってしまえば「悪趣味」と言ってしまってもいいかもしれない。それも含め、庵野監督の思惑通りだとすれば、返す言葉もないのだが、それは余りにも酷ではないかと感じたのは自分だけだろうか。そう思いながらも、最後のシーンの曲で思わず涙腺が緩んでしまった自分には説得力もクソもあったもんじゃないが。

 音楽もそうなのだが、今回やけに「昭和趣味」だったのはその世代の人間なら気になったところではないだろうか。こういった未来のお話に古き良き時代の文化を持ち出すのは、かつて「AKIRA」や「パトレイバー」等でもよく見受けられたもの。個人的には大好きな演出だ。

 終わってみれば108分という上映時間を知ってビックリ。体感ではもっと長いように感じ、非常に濃厚な108分間に感じれたように思う。しかし、前作「序」がTV版においての、第壱話から第六話までを約100分の中に収めたことを考えれば、第八話から第拾九話(と第弐拾参話の一部)までを(かなり端折っているとはいえ)それと同等の時間に収めようとしたのは少々苦しかったように見える。その為、各人物間の関係性や状況説明に説得力が欠けてしまっているのが残念に思えた。



 気になる事が全く無いと言ってしまえば嘘になってしまうが、それでもなお、この「ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:破」、


「日本アニメーション映画史上に永遠に刻まれる大傑作の一つ」


 とまで断言してもいいと思っている。鑑賞からすでに数日が経過、劇場から出てきた直後のテンションから未だ冷めやらない興奮状態ではあるのだが、それでもこの評価が揺らぐことはないと確信している。






 最後に、今回この「破」について語る際にどうしても避けては通れない、且つとても大きな変化について記さなければなるまい。

 シンジやレイ、そしてアスカ、少年少女達の大きな成長だ。
 
 「ヤシマ作戦」においての激しい使徒との戦いの最中、少しずつ、されど確実に成長したシンジを描くことに成功した前作「序」。「破」ではさらなる彼の成長を感じ取ることが出来た。それは、旧世紀版においての彼を知る我々にとって、非常に驚くべき大きな変化であった。

 シンジだけではない、レイも、アスカも、我々の想像を大きく上回る成長・変化を見せてくれたのではないだろうか。


 シンジとその父ゲンドウとの仲を取り持とうと、食事会を提案し、自らの料理まで振舞おうと努力するレイ、

 明らかにシンジに好意を抱きつつも、彼に対するレイの感情を悟り、自身は一歩身を引くことを決めるアスカ、

 そして物語終盤、電源切れにより活動停止したEVAを、自らの強い意志で再起動させ、使徒に取り込まれたレイを救出したシンジ。


 その表情はいずれも、我々が未だ見たことの無いものだった。


 食事会開催の為、周囲の人間に自ら直筆の手紙を書き、慣れない料理でたくさんの包丁傷を作ってしまうレイ。その事をシンジに尋ねられても秘密にする彼女のなんといとおしい事か。

 レイに強い嫉妬を感じながらも、彼女の任務を肩代わりすることを決めたアスカ。それでもなお気丈に、そしてあくまでも明るく努める彼女のなんといとおしい事か。


 これは一体なんのラブコメ(古い)アニメなんだ?と思わず目を疑う展開であったが、その屈託の無い彼女達の笑顔や、色んな意味で攻撃力の高いその仕草に、思わずほころんでしまった人は多かったことだろう。かくいう自分もそうだ。


 しかし、同時にこう感じた人も多かったはずだ。



 「これは自分の知っているシンジではない」と。
 「俺の知っている綾波はこんな顔しない」と。
 「私の好きなアスカはこんなことは言わない」と。





 もっともな意見だと思う。事実、自分自身も、彼等のそんな変化に驚きつつも、強い違和感を感じたというのが正直なところだ。彼等の変化はそれほどまでに大きなものであったと思う。


 しかしこれこそが、今作「破」が「破」である所以だと俺は思う。


 「人の想い」というのは強い。それは時として、月日を重ねれば、重ねるほどに増していく。TV放送版、劇場版、貞本版、ゲーム、グッズ、フィギュア、同人誌……。「エヴァ」の誕生以来、様々なメディアの波の中で、彼等への「想い」は凄まじい勢いで広がりを見せ、10余年の年月を経て、今日に至る。俺だけの綾波、俺だけのアスカが各々の内に存在するはずだ。

 そんな蓄積されたイメージを文字通り「破」り捨て、新たなる「かたち」を提示した今作。それは大きな冒険であったと思うし、また困難であったとも思う。しかし、中にはその変化に納得がいかなかった人も多かったと思うし、強い拒絶を示してしまった人もいるだろう。当然の結果だと思う。



 だけど、俺はその変化を、成長を、素直に祝福しようと思う。

 たとえそこに一抹の寂しさが残ろうとも。

 なぜなら「人は変わることが出来る。」それが「エヴァ」という作品の本質だと思うから。

 あれから十余年が過ぎ、俺達はほんの少しかもしれないけど成長した。彼等だってきっとそうなんだ。

 そうでないと、今、俺達が新たにこの作品に触れる意味なんてないと思うから。

 彼等が新たに俺達の前に姿を見せてくれた意味なんてないと思うから。



 まだ、新たなる物語は終わってはいない。いや、むしろここからが始まりの様な気さえする。

 この先、彼等の歩む道に何が待っているのかはわからないけども、

 それを知るのは少しばかり勇気がいるかもしれないけど、

 どこまでも見守っていこうじゃあないですか。大きな喜びと共に。















 もう少しだけお時間を。


 ……こうしてこの文章を書いている間にも、既に色んな人の感想が相当数ネット上に掲載されている。とにかく手放しに面白かった人。どうにも納得がいかない人。色々と考察している人。初めて「エヴァ」に触れた人…。色んな…、本当に色んな人がこの作品に触れ、そしてその数だけ「想い」がある。

 俺はもちろん、ガイナやカラーのスタッフでもないし、当然ながら庵野監督や鶴巻監督達と知り合いでもない。だけど、「エヴァ」という作品がこの世に生まれ出て十数年、今もこうして多くの人に「エヴァ」が愛されているということが嬉しくてたまらない。たくさんの「想い」が「エヴァ」を包み込んでいることが、自分の事の様に嬉しくてたまらない。

 ――みんな本当に「エヴァ」が好きなんだなぁと。




 もしも、未だ「エヴァ」に触れたことのない方(特に若い人)が、この広大なネットの片隅でこの駄文を読み、少しでもこの作品に興味を抱いてもらえれば…と願い、筆を置く事にする。そして更に願わくば、あなた自身がそこに何らかの価値を見出すことができたのなら……それに勝る喜びはありません。


テーマ:ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 - ジャンル:映画

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